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チベットさん~年表編~

1911年 辛亥革命により清朝滅亡。
 中国、チベット、モンゴルの諸国は対等、別個の国家であるとチベットは主張。
 対し、孫文は「五族共和」をスローガンとする。
 
1913年-1914年 シムラ会議
 イギリスがチベットの後ろ盾となる事により開催。
 チベットを独立国家とするよう働きかけるが、了承されず。
 中華民国を宗主とした上で、中央チベットにのみ自治が認められるだけに留まる。

1949年 中国人民解放軍がチベット侵攻
 チベット東境に人民解放軍が侵入。
 51年にラサ陥落。

1951年 「チベットの平和開放に関する17カ条の協定」締結

1959年-1960年 中印戦争(中印国境紛争)
 ダライ・ラマ14世のインド亡命により、インドの国境ほぼ全域で中国とインドの軍事衝突が起こる。

1967年 ダライ・ラマ14世初訪日

1978年 ダライ・ラマ14世訪日
 日本外務省はダライ・ラマ14世に発給した訪日ビザを到着数日前になって一度取り消した。
 しかし、当時の福田赳夫首相が園田外務大臣に命じ、結果として3日間の滞在が許可される。
 同年、「日中平和友好条約」が結ばれる。

1989年 ラサ戒厳令
 デモ鎮圧指揮に、当時チベット自治区トップだった胡錦濤氏が「成果」を残す。

2006年 青蔵鉄道開通

2007年 チベット自治区への旅行者が400万人を突破
 チベットGDPの70%が観光収入によるものとなる。

2007年11月 ダライ・ラマ14世訪日

2008年2月 中国がインド領を中国領であると主張
 インド領アルナーチャル・ブラデーシュ州の一部を中国が自国領であると主張。

2008年3月14日 デモの武力鎮圧
 死亡者は数百人と推定される。
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